みんなで食べると「おいしい」

HOME > 院長ごあいさつ > 「10年前10年後」

「10年前10年後」

 中央医療センターの歯科で、5月からの3ヶ月にわたる研修会を受けた。歯科診療室は、ビルの中ほどの8階に在り、遠くに東京タワーが見え、真下には山手線が走っていた。研修会は講義だけでなく、患者配当が有る臨床研修もあった。

研修会のカリキュラムに、臨床研修が有ると知ったとき、これは、他の研修会とわけが違うなと思い、緊張した。

研修生は、歯科医師4名、歯科衛生士4名であった。臨床研修では、研修生の歯科医師と歯科衛生士がペアを組んだ。
研修会の第1日目の講義の最初に、研修生の自己紹介が有った。研修会の受講の動機は、自発的に障害者歯科を学びに来た者、歯科医師会から派遣された者がいた。僕は、障害者歯科に興味があると自己紹介したが、実は院長命令で来た。そう、僕が一番消極的な理由で参加したわけだ。

久しぶりの、大学以来の長時間の授業ということもあり、早起きしたせいかウトウトと寝てしまった。すぐさま、センターの診療部長から注意をうけた。センターのスタッフにチェックされたと、思った。
僕は、障害児を治療するのは初めての経験だった。勤務先で先輩の中川先生の診療を見学しただけだ。

臨床研修が終わったとき、新しい治療技術が、また一つ身についたという喜びというより、無事治療が終わったという安堵の気持ちで一杯だった。
初回の治療の前は、特に緊張しており、解すため、治療室隣りの予診室でイスに座り、目をつむり瞑想した。この瞑想が医局で話題になったことを、チームを組んだセンターの歯科衛生士の石田先生に教わった。苦笑いするしかなかった。

「応援しますから。大丈夫ですよ」と励ましてくれた。
「はい」と、か細く答えた。“院長命令、院長命令”と内心、自分に言いきかせた。

この研修会は、後で知ったのだが、世田谷の同級生の高田も受けた。高田は大学の障害者歯科の医局にいたので、センターの研修コースは、さほどプレッシャーは無かっただろう。
歯科の他の分野と違い、障害者歯科の研修のストレスということと、研修会をやり終えた達成感が、僕ら研修生に有った。3ヶ月にわたる長い研修会で、研修生同士とても仲良くなり、打ち上げをすることになった。

センターの近くのレストランで、1次会が終わり、坂道にある店を出た。2次会はどこに行くのかなと、7月の程よい暑さの中、佇んでいた。ビルとビルの間に夕日が見えた。山手線の電車の走る音が聞こえてきた。
「鈴木」
振りかえると、すぐ目の前に、同じ研修生の河合友紀の顔があった。彼女は人妻だった。その後、彼女から連絡は無かった。
研修会で治療した自閉症の子は、今頃どうしているだろう、焦燥しきった顔の母親とともに、時折思い出す。

🌞 🌞 🌞

 新築され明るくなった、しらさぎセンターで、3才児健診は開催された。
健診は、以前、親子が一列に並んでいたが、いつの日か、プライバシーの保護ということで、パーティションを置いて健診するようになった。かわいらしいのは上の子が、3才児をあやしながら来ることだ。
感染症の予防のため、3才児健診の診察室の窓は大きく開かれていた。健診の途中から雨が降り出した。窓が開いているので、雨音が聞こえた。自転車通勤の僕は、帰りは大丈夫かと心配したが、雨はまもなく止み、空が明るくなった。

単調な健診で、何か、楽しみがないか考えた。思いついた。挑戦しようと思った。
そして、あー、やっぱり、今日も駄目だったなと肩を下ろし、ため息をついた。
「一人泣かしてしまいました。いつも、泣く子ゼロを目指しているのですが。あと、もう少しでというところで、泣いてしまうんです。最初から泣いている子は別ですが」とアシスタントの山野さんに話した。
山野さんは、笑みを浮かべ、「鈴木先生は子供の扱い方、上手ですね」と言ってくれた。

「え、、あ」僕は、どうも誉め言葉に弱いので、逃げ笑いをしてしまった。
山野さんは、明るく、優しく、微笑んでくれた。
「あー、これ、一応理論が有るんです。名付けてブラブラ法です」
ブラブラ法は秘伝だが、誰でも、すぐ簡単にできる方法だ。このブラブラ法をするとき、いつも思い出すのが、開業後、姫路駅でブルートレインに乗って、東京の明和大学に障害者歯科の研修に、月一で通ったことだ。

ブルートレインは多摩川を渡り、高層ビルの谷間を走った。母校が東京にあったので、東京に来た喜びでいっぱいになった。
ただ、寝台車に乗って上京したので、熟睡できなかった。そのため、午前中の授業はきつかった。しかし、その研修で得たことを応用して創作したのが、ブラブラ法だ。
明和大学の研修での、もう一つの楽しみは、同門の中川先生と会えることだ。大林歯科医院で勤務していた時は、中川先生にお世話になりご指導して戴いた。
研修室に入ると、中川先生が目に入った。すぐ、中川先生の元に行き、隣りに座った。

「中川先生、おはようございます」
「お、や、おはよう」
「お元気ですか?」
「元気だよ。鈴木は?」
「ボチボチ、やっています。先生はお忙しいんじゃないですか?」
「自分の医院以外も、歯科医師会の障害児歯科の診療所の手伝いがあってね。忙しいけど、でも楽しいよ」と、嬉しそうに言った。
「僕は、3才児歯科健診に出張に行っています。あと、保育所の健診、幼稚園の健診とか」
「あ、そう。開業すると、なにかと忙しくなるよね」と中川先生が言った。
「ほんと、そうですよね」
「鈴木も、遠くから頑張って、研修会に来ているね。えらいよ」
「え、いや、帰りの新幹線が楽しみなんですよ。ウナギ弁当を食べながら、ビールのロング缶を飲むのが。で、浜名湖を通る度、ウナギはどうやって東京に来るのか、考えているんです」
「は、は、は、」と、中川先生が笑った。

講師が研修室に入ってきたので、会話が途切れた。

🌛 🌛 🌛

 父の医院を継いだ後、幼稚園と保育園の両方を担当していた時期が有った。この保育園は僕の“母校”で、昼寝をしていた時のことを、おぼろげに記憶している。おやつのパンがおいしかったことも覚えている。
保育園の健診は、3才以下の子供がいる。幼児の集団歯科健診のコツは、一番目の子を時間かけて、泣かさないことだ。泣かすと後ろの子も連鎖反応で泣くからだ。後ろの子は少し列を乱し、僕がどういう人間か不安げな顔で観察していた。健診は、もちろん秘伝ブラブラ法を使った。子供が喜んだ。

健診の結果は予想通り、幼稚園の子に比べ、保育所の子の方が虫歯は少なかった。
健診の後、お茶を戴いた。「鈴木先生、お疲れさまでした」と、園長の古山先生に労をねぎらって戴いた。

「1週間前に、幼稚園の健診をしたのですが、予想通り保育園の子の方が、虫歯は少なかったです。」
「そうですか」と、古山先生は、少し驚き気味だった。
「生活リズムが乱れると、虫歯になりやすいんです」
「はい」
「保育園の生活は、子供にとって、理想的な生活をしていますから。のびのびしていますし」
「あ、はい」と、古山先生は嬉しそうに答えてくれた。

「乳児院の子は、虫歯が無かったという調査が有るんです。1日中、子供にとって理想的な生活リズムで暮らしていますから。ただ、虫歯ゼロより、実の親がいたほうがいいと、僕は思うんですけど。歯科医師の職病業ですね。虫歯ゼロを目指すのは。うん、職業病」
「職業病ですか」と、古山先生は笑いながら言った。

「もう一つ、先生病という職病業が有るんです。人から先生と言われる人が罹りやすい病気です。“先生、先生”と言われ続けられているうちに、自分が立派な人間と錯覚してしまう病気なんです。僕も注意しているんですが、先生病が再発してしまうんです」と、僕は笑いながら言った。

「私も、気をつけなければなりませんね」
僕と古山先生は、瞳を合わせて、笑った。

「あ、そうだ。保護者の方に、歯の健康の話をするとしたら、歯科医師が30分話すより、先生が20分、僕が10分話した方が、虫歯予防に効果が有ります」と、古山先生にお話ししたところ、「エッ」と言って、にこやかに笑われた。
ある日の夕方、新緑の小山を見ながら散歩しているとき、保育園の前を通った。我が子を迎えに来た母親が車を降り、駐車場から出て左右を確認し、道路を渡ったとたん、笑みが顔中いっぱいに開き、小走りになり、保育園の玄関に向かった。

🌟 🌟 🌟

 院長の大林先生に「物で、子供をつるな」と教わった。大阪に出張講演した院長が、同僚と食事をしたとき「関西は媚びているな」と言った。どういう意味か分からなかった。
10年前、姫路の父の診療所の後を継いだ。ある母親に治療終了後「なにか、あげたらいいのに」と言われた。その時は、母親が何を言っているのか分からなかった。

ある日、泣きじゃくり動き回る子供を、褒めながら治療をしていった。治療が終わると、デンタルチェアを降りるまでに泣き止んだ。大概の泣いている子供は治療が終わると、待合室に帰るまでに、泣き止む。

「先生、ありがとうございます。前の歯医者さんでは、口も開けてくれなかったんです」
「そうですか。良かったですね」
「本当に、ありがとうございます」
「治療中の泣いている状態だけを見ずに、治療終了後の様子を見てください。待合室で泣いていなければ、心配無いですよ。回数重ねるうちに、泣く時間が減っていきますから」

その時、「ママ、消しゴム、消しゴム」と、子供は言った。母親は困った顔をした。大阪から引っ越して来た子供だ。僕はやるせない気持ちになった。

その夜、岡山で開業している同級生の金田に電話をした。

「そんな消しゴムをあげるのは当たり前。どこの歯医者もやっているよ。ネットで小児歯科を検索してごらん。ガチャポンをあげている歯医者もいるから」
「そうか」
「鈴木は真面目、変わり者だよ」
「うん、しかしな」
「ま、堅いこと言わず、お互い、がんばろうよ」

何か、釈然としないので、茨城県で開業している同門の北里先生にも、電話した。
「ああ、だから言ったじゃない。小児歯科は学校と同じだって。大林先生が言っていたでしょう。学校に教育方針が有るように、小児歯科も教育方針が有るって。」
「そうですよね。ハハ」と、弱気に笑った。
「頑張ってね、鈴木先生。消しゴムより誉め言葉と励まし。まあ、大林流はマイナーだけどね」
「ええ」
「それより、今度、会おうよ。東京に来る機会ないの?」

その後、僕は周りに流さ続けた。「郷に入れば郷に従え」という言葉が有ると、自分に言い聞かせ、子供に消しゴムをあげるようになってしまった。子供に消しゴムをあげるたび、大林先生と北里先生の顔が浮かんできた。ただ、消しゴムをあげるといっても、無責任と思われるが僕は渡さず、スタッフが渡している。
たった消しゴムのことかもしれないが、子供の診療をする度、気になった。しかし、運よく、ポラロイドカメラが復活したことを知り、買った。写真の大きさは、大林歯科医院のものに比べて小さいが気に入った。

開業前の大林歯科医院時代は、定期健診で虫歯の無い子を撮っていたが、鈴木デンタルクリニックでは、治療終了後に撮った。治療で泣いていた子がピースをした。このピースは僕を受け入れてくれた証だ。子供より母親が喜んだ。シャッター音は、僕の心を軽やかにしてくれる。

尾張津島天王祭
谷野歯科医院

2021 © 谷野歯科医院(小児歯科一般歯科) - みんなで食べると「おいしい」