みんなで食べると「おいしい」

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「水色の町」

二月の末、寒い日が続いた。朝から降り始めた雨も夕方には止んだ。
私はロッカールームが有る校舎から渡り廊下を歩いて、事務局の有る建物に移った。
灰色の壁の事務局の対面に、求人票が貼ってある掲示板が有った。
私は大学六年生、そろそろ就職先を決めなければいけなかった。
スクールバスの発車時間まで、間があったったため、掲示板の求人票を見た。
三十位の求人票が有り、私は眼を上下左右に動かした。
求人票を見たのは今日が初めてではなかった。
そして、前から気になっていた求人票を探した。
その求人票は、愛知県津島市の岡本歯科医院だった。
津島市は初めて知る地名だった。
どうして、私が岡本歯科医院を気にしていたかというと、求人票の備考欄に「予防歯科を中心に診療しています」と書かれていたからだ。
大学の授業の中で、予防歯科に一番興味があった。予防歯科があれば、虫歯や歯周病に悩む人はいなくなると思ったからだ。
そして、「ツシマ」という言葉の響きに、何故かしら心が魅かれたからである。
「おうい、相生」
後ろを振り返ると、友人の高田がいた。
「相生、どこかいいところが有ったか?」
「うん、なんとなく。高田は?」
「俺は大学の障害者歯科の医局に残る」と、高田は眼を光らせて言った。
「そうか、僕は開業医に勤務しようかと思っている。愛知県の津島市にある開業医にしようかと考えているところだ。」
「愛知県の津島?何処に有る町なの?」
高田はそんな町は初めて聞くという、怪訝な顔をした。
私は、津島は名古屋駅の西の方向にあり、私鉄の名鉄で三十分位の所に有ると、インターネットで調べたことを高田に話した。
「そうか、うん」と、高田は小さく頷いた。
「他の連中はどうするのかな?」
「うん。あ、そうだ。卒業式の後、皆でお別れ会をしようか」と、高田は言った。
「うん、そうだね」
四月になれば、友達はバラバラになってしまう寂しさに、私は襲われた。
翌日、私は岡本歯科医院に勤務したいと思い、岡本歯科医院に電話をした。
「はい、岡本歯科医院です」
「すみません。私、相生という者ですが、大学の求人票を見て、電話させて戴いているのですが」
「はい、院長に替わりますので、しばらくお待ちください」
求職活動は生まれて初めてなので、コール音が鳴り響く間、ドキドキ緊張した。
「もしもし、お待たせしました。岡本です」やんわりと優しい口調であった。
「初めまして、私相生というものですが、岡本歯科医院に勤務したいのですが」
「そうですか。分かりました。では、面接の日を決めましょうか?」
次の日曜日に、私は慣れないスーツを着て、新幹線名古屋駅で下車し、名鉄津島線に乗りかえ津島駅に降り立った。
岡本歯科医院は津島駅のすぐ近くに有った。
私は生まれて初めての面接なので、緊張して岡本歯科医院を訪れた。
しかし、面接とは名ばかりで、岡本先生と私は、すぐ天王通りの喫茶店に入りお茶を飲んだ。
「相生君のことは予防歯科の森教授から話を聞いていますよ。森教授は僕がいた予防歯科の研究室の先輩なんだ」
「え、そうですか。僕も森教授にお世話になっています」
「テニス部のキャプテンだったらしいね」
「ええ」と、私は戸惑いながら答えた。
岡本先生は、私が森教授の教え子ということもあってか、私に好意を持ってくれたようだ。
私は、四月から始まる津島での新しい生活に期待を胸に抱きながら、東京への帰途に就いた。

四月から、歯科医師としての新人生活が始まった。
四月は、多くの事を覚えなければならないので、あっという間に過ぎ去った。
岡本歯科医院は、岡本先生を含め歯科医師三名、歯科衛生士六名、受付二名の大所帯だった。
歯科医師と歯科衛生士のペアは、一ヶ月ごとのローテーションで決まった。
五月の私のペアは木村ちとせ歯科衛生士だった。彼女は眼が一重瞼で、セミロングのヘアスタイルだった。
診療が終わり間際になり、私と木村さんは岡本先生からお茶を誘われた。
喫茶店は面接のときと同じだった。
私はこの店の雰囲気が好きで、何度も通っていた。
「どう相生先生、診療の方は?」
「はい、色々覚えることが有ります。頑張ります」
私の横に座っている木村さんが小さく頷いた。
「津島の町はどう?」
「日本史が好きなので、神社仏閣巡りが趣味です。津島はお寺が多いので、津島の町が気に入りました」
岡本先生の話によると、津島市の寺密度は東海三県の愛知県・岐阜県・三重県の百二十五市町村の中で、一番多いとのことだった。
「津島神社は行った?」と岡本先生は尋ねた。
「ええ、綺麗な神社でした」
「津島は織田家、信長の織田家とね、関係が深いんだ。津島神社の神紋と織田家の家紋は一緒なんだ」
「はあ、そうですか」
私はますます津島の町に興味が湧いてきた。
ウェイトレスがコーヒーとケーキを運んできた。
「相生先生はどこのご出身ですか?」と木村さんが私に尋ねた。
「兵庫県の姫路です。父が開業医です」
「いずれ姫路に帰るのですね」
「、、、、、、そうですね」
「そうそう、相生先生、もっと面白い話があるよ」と、岡本先生は笑いながら言った。
「津島は毛織物産業が盛んでね、ガチャマンという言葉が有んだ。織物機械がガチャンと音をたてるごとに、一万円お金が儲かる意味なんだ」
「へえ、面白いですね」と私はハハハハと笑った。木村さんもにこやかに笑った。
「ああそうだ、岡本先生。津島に何か名物が有りますか? 森教授に何か贈らせて戴こうかと、考えている最中なんです」
岡本先生は首をかしげ考えた。
「うーん、それなら本町の日本酒の長珍はどうかな」
「提灯?」
「灯りの提灯でなくて、長くて珍しいの長珍だよ」
「あ、そうですか。贈り物は長珍に決めます」
「あと、くつわがあるな。お菓子のくつわ。津島神社の前の店で売っているよ。固いお菓子だから、歯が悪いと食べられないかもしれないな」と、岡本先生は苦笑いしながら言った。
「え」と、私は驚き苦笑いをした。
岡本先生と私の話を黙って聞いていた木村さんが、水色のバッグから歯みがきジェルを出してきた。
「岡本先生、研修会の展示コーナーで見つけたんですが。カオールという歯みがきジェルなんですけど、医院に置いてはどうでしょうか」
「うん」と、今まで朗らかに話していた岡本先生が口元を締めた。
「匂いがとてもいいんです」
「どれどれ」と言って、岡田先生は木村さんからカオールを受け取り、キャップをはずし匂いを嗅いだ。
「いい匂いだね。よし、今度のミーティングで皆で相談しよう」
木村さんは満足そうに頷いた。
岡本先生も木村さんも予防歯科に熱心だなと思い。私はあらためて良い歯科医院に就職できたと思った。

岡本歯科医院のスタッフの方々は、皆暖かい人ばかりだった。しかし、それだけでは私の心は満ち足りていなかった。
対人関係に自信を失っていた私は、何かのサークルに入りたいと思っていた。
休診日の木曜日の朝、モーニングコーヒーを飲むために、いつものように天王通りの喫茶店に行った。モーニングコーヒーには、トーストとゆで卵が付いていた。
入口の近くの本箱に置いてあるスポーツ新聞をとりに行ったところ、津島市の広報誌が有ることに気づき読んだ。
同好会の紹介欄に弓道部が有った。
弓道場は中一色町の錬成館に有った。練習日は休診日の木曜日もあったので、私にとって好都合であった。
早速、広報誌に書かれている連絡先の吉田さんに電話をした。
今店にいるので、良かったら来て下さいと、吉田さんに言われた。
吉田さんは電気屋さんで、お店は天王通りの中ほどに有った。
「こんにちは」
「あ、はい」
「先ほど電話した相生です」
「あー、お待ちしていました。吉田です」
吉田さんの笑顔は、これから出会う弓道部の方々の優しさと爽やかさを現わしていた。
「相生さん。今日練習の日ですが、早速ですが来ませんか?」
「ええ」と私は少し戸惑った。
「来ましょうよ」
「はい」と、私は朗らかに返事をした。
「なにか運動着有りますか?」
「有ります」
私は急いで、今市場町のアパートに帰った。
衣装ダンスから、大学時代のテニス部の水色のユニフォームを出し、着替えて吉田さんのお店に戻った。
吉田さんの車に乗せてもらい、錬成館に向かった。
錬成館には弓道場だけでなく、剣道場・柔道場、そして土俵が有った。
弓道場に入ると、数人の方が弓を引いていた。
「相生さん、先生を紹介しますので、一緒に来て下さい」
歩く先を見ると、五十才位の精悍なお顔の先生が正座をし、弓を引いている部員を見ていた。
吉田さんが腰を落とし正座をした。
私は慌てて正座をした。
「加藤先生、新人の方をお連れしました」
加藤先生は私の方に座りなおした。
「おおそうか、吉田さん」と、私を歓迎の眼差しで見てくれた。
「こんにちは、加藤です」
「こんにちは、初めまして相生真一です」
「弓道は経験あるの?」
「全く初めてです」
「頑張ってください。吉田さんが丁寧に教えてくれますから」
「はい、有難うございます」
私の身なりをみた加藤先生は、
「テニスをしていたの?」と私に尋ねた。
「はい、大学時代に少し」
「そうですか。運動クラブにいたなら、弓道も早く出来るようになりますよ」
加藤先生に弓道の心構えについて教えて戴いた。
加藤先生のお話が終わり、吉田さんが笑んで私を見た。
「相生さん、今日は見学して下さいね」
「はい、分かりました」
「あ、それから来月、七月第四土曜日に尾張津島天王祭の宵祭りが有ります。弓道部で桟敷席をとりますから、来て下さいね」
「相生さん、来てくださいね」と、加藤先生にも誘って戴いた。
尾張津島天王祭りの事は、岡本先生に聞いたことが有った。
尾張津島天王祭りは、大阪の天満天神祭り、広島厳島神社の管絃祭とともに、日本三大船祭の一つということを聞いた。
「多くの提灯をつけた巻わら船が、津島神社のお旅所に向かって進むらしいですね」
「そうです。相生さん、僕は巻わら船の提灯が映った川面を見るとね、津島に生まれて良かった、津島に住んでいて良かったと思うんです。」
「、、、、、、、、」
「祭り、来て下さいね」と、再び岡田さんは、私をにこやかに祭りに誘ってくれた。
「はい」と、私は明快に答えた。
弓道場は、厳しさと和やかさに包まれた雰囲気であった。
加藤先生そして弓道部員の方々の、お人柄によるものと私は感じた。

尾張津島天王祭

「尾張津島の天王祭」 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

八月の土曜の夜、私はビールを飲みながら、尾張津島天王祭の宵祭りの想い出に浸っていた。
夜空には花火があがり、たくさんの提灯をつけた五隻の巻わら船が、ゆらゆらと御旅所に向かって天王川を進んでいた。
尾張津島天王祭は華やかで、人の心を優しく包み込んでくれるような祭りだった。
私に、ビールを注ぎに来てくれた吉田さんが教えてくれた。
「昨日は児打廻という行事が有ったんです。五才位の男の子が稚児になって、祭りが無事に行われるよう祈るんです。それで、津島の人間は昨日からお祭り気分なんですよ」
私は尾張津島天王祭の豪華さに驚いた。
津島に住んでわずか四ヶ月しか経っていないのに、私はすっかり津島が好きになっていた。
明日は休みなので、いつもよりビールを多く飲み、ピーナッツをつまんだ。
スマートフォンが鳴った。母からの電話だった。母はか細い声でつぶやくように言った。
「お父さんが脳卒中になって、、、、、」
私は氷の釘を頭に打たれたような感覚に襲われた。
翌日、故郷の姫路に帰った。
市民病院の病室に駆けつけ、ドアを開けると、窓側のイスに座っていた母は私に気づいた。
「ああ、真一」
「うん」と私は頷いて、父の枕元に行った。
「どう、お父さん」
父は私に微笑みかけた。
「うん、心配するな」
病室は大部屋で、窓から眩しい光が差しこんでいた。
「姫路に帰って後を継ぐわ」
「そうか、すまないな」
「うん」
私は津島に帰る新幹線の中で、岡本先生に電話をした。乗客はたくさんいたが静かに感じた。
いよいよ津島を離れる日の朝、津島駅に岡本先生と木村さんがお見送りに来てくれた。
「相生先生、残念なことになりましたが、また津島に遊びに来て下さいね」
「先生有難うございます。お忙しいのに。短い間しか働けなかったのに、すみませんでした」
「元気でね」
「はい」と、私は頭をさげた。
「岡本先生、私プラットホームまで相生先生を見送りに行きます」
「ああ」
木村さんは券売機に向かった。
「相生先生に予防歯科をもっと教えたかったのですが、これからも頑張って勉強して下さい。先生なら大丈夫ですよ」と、微笑んで言って戴いた。
「ありがとうございます」
木村さんが戻って来た。私は岡本先生に頭を下げ、木村さんと改札口を抜け、プラットホームへと階段を上った。
階段を上る間、私も木村さんも黙ったままだった。
プラットホームに上がると、すぐ電車到着のアナウンスがあった。
「先生、お元気で」
「ありがとう。木村さんもお元気で」
「先生と一緒にお仕事ができて、良かったです。楽しかったです」
「僕もです、、、、」
「秋に大阪で予防歯科の学会が有るので、先生とお会いしたいです」
「そうですね。はい」
「また、津島に来てくださいね」
「はい」
まもなく電車は2番線に止まり、ドアが開いた。
私は電車に乗り、後ろを振り返った。
木村さんは、小さく手を振り、何度も小さく頷いた。
私も頷いた。
ドアが閉まり、電車は動き出した。手を振っていた木村さんの姿は見えなくなった。
津島の景色も消え去った。もう暫くは津島に来ることは無いだろうと、私は思った。
私は額をドアの窓につけてうつむいた。
電車は、高架駅の津島駅から藤浪駅を過ぎた後、平地に降りた。
私はドアに背もたれした。
私の前には、テニスラケットを持った高校生が二人いた。
二人は試合が近いらしく、練習の方法について色々話し合っていた。
二人とも明るく笑顔で仲良く話をしていた。
私は津島での短い暮らしを想い出していた。
診療が終わって、スタッフの皆と楽しくお酒を飲みながら、予防歯科の話をしたこと、ポンと初めて矢を的に射た時の音と、弓道会の皆さんの拍手を、生涯忘れないと思った。
私は振り返り、ドアの窓越しに、流れゆく景色を見た。
素直でない私の性格が溶かされたように感じた。涙がつたつたと頬に流れ落ちた。
右手の掌で目を覆い、涙を拭った。
私はまた津島に来たいと思った。
晴天の日、私を乗せた赤色の電車は津島線を走り、名鉄名古屋駅に向かった。

あとがき

私が大学卒業後、初めて勤務したのは、愛知県津島市にある開業医です。
その津島市が短編小説を公募しているのを知り、小説を書きました。ところが残念なことに、令和元年以降の公募が無くなりました。それで、ホームページで公開することにしました。

題名の「水色の町」の水色は、天王川をイメージしたものです。作中、木村歯科衛生士のバッグの色や、主人公のテニス部のユニフォームの色は偶然です。不思議な偶然です。

木村歯科衛生士が院長に薦めた歯磨きジェルのカオールは、川端康成の「伊豆の踊子」にでてくる口中清涼剤カオールが由来です。ところが驚いたことに、カオールは実在で、現在も売られていることを知りました。
そして、踊子の名前は「薫」なのです。主人公は出っ歯らしく、踊子が治した方が良いと言います。意外なところで、歯科は「伊豆の踊子」と関係していることを知りました。

谷野歯科医院

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